昔々のお話です。
ある国のある村に、ピアノが大好きな少年がいました。
彼はまだ楽譜も満足に読めませんでしたが、いつかはきっと有名な演奏家になるという夢を持っていました。
その夢を叶えるために、彼は毎日ピアノを弾いていました。
その練習量と時間はとても多く、近隣から苦情が出るときもあるほどでした。
そんなある日のことです。
少年はいつものようにピアノを弾いていました。
するとピアノが陰に覆われて
「駄目だよー。そんなに強く鍵盤を弾いちゃ」
誰かの声が聞こえました。少年はビックリです。
外を見ると、窓枠から身を乗り出して部屋を見ている男の人と眼が合いました。
ひょろりと背の高い、背中に大きなケースを背負った、肌の青い、片目を隠した男性です。
「ここはこの曲の要なんだから、もっと聴く人に感情を訴えていかないと」
男の人は窓から腕を伸ばして、ぴんぴん、と鍵盤を叩きます。
細い腕にはぐるぐると包帯が巻かれていました。
酷い大怪我をしているのだな、と少年は心配しました。
「君さえ良ければ、ボクが教えようか?ピアノ」
男の人は、とても綺麗な笑顔をしてみせました。
***
こうして、男の人のピアノ指導は始まりました。
といっても彼が実際にピアノを弾いてくれることはめったにありません。
しかし、耳がとても良いのでしょう、少年の問題点を瞬時に発見しては的確な指導をします。
少年はその教え方の上手さに驚き、素直に吸収していきました。
少年は少しずつ、ピアノが上手になってきました。
その手応えを少年自身も感じています。
もぅ、ピアノの音が五月蠅いと怒りにくる近所の人はいません。
また、そんな日々が続いていたある日のことです。
「北に行くことにしたんだ」
だから、君にピアノを教えるのは今日が最後だと男の人が言いました。
始まりが突然ならば終わりも突然です。
少年は、今までのお礼を言いました。
「いいんだよ。これは君の為じゃなくて、ボクの為だったんだから」
そういって、彼は歩いていってしまいました。
少年はその言葉の意味が本当は良く理解できませんでした。
でも、ピアノを教えて貰ったせめてものお礼に、あの人の怪我が早く治ってぐるぐる巻きの包帯が取れるように
毎日お祈りをしようと決めました。
***
さて、もうすぐ村を出るというところで片目の男の人はある夫婦に呼び止められました。
話を聞くと、自分がピアノを教えたあの少年の両親とのことです。
息子から貴方の話を聞いて、是非お礼をいいたかった、といいます。
男の人は早く旅に出たいのか「はぁ」とか「どうも」とやる気のない相づちをうっています。
一通りのお礼の言葉を述べた後、少年の父親が声を潜めて
「うちの息子にピアノの才能はあるのか、一流のピアニストになれそうか」と聞いてきました。
どうやらこっちが本題だったようです。
親の表情を見ると、才能があると言って欲しいのがみえみえです。
ですから、男の人は笑顔でこう言いました。
「いえ、息子さんにはピアノの才能は全くないでしょう。
彼にピアノを教えたのも、あまりに下手くそで聴いてるコッチの耳がおかしくなりそうだったからです。
ボクは彼のためではなく、自分自身の身を守るために指導しました。
ピアニストだなんて、夢のまた夢ですよ。考えるだけ時間の無駄ですね」
それだけ言うと、彼はまた旅の続きへと出かけました。
そしてその後、あの村からピアノの音は消え、いつしか少年の姿も見なくなりました。
しかし彼の家族がいなくなった訳ではなく、両親は何ら変わらずあの村に留まり続けていたということです。
end.
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結構前に日記で書いていた小説に多少修正を。
何故子どもの姿は消えたのか?
何故両親はその場に留まり続けたのか?
終わりの真意は皆さんの想像にお任せします。
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