「今から準備するとなると…少し急がなくちゃ」
帰り道の足取りを、少し早めて歩きだした
++グラタン記念日++
今日の夕食は彼のリクエストでグラタンの予定だ
1週間ほど前からずっとグラタングラタンと騒いでいた
あんまりにもグラタンコールがうるさかったので
そんなに食べたいのなら社員食堂で食べてきたら良いじゃない
私もお弁当作る日が減って楽できるわ と言ったのだが
お前の作ったグラタンが食べたいのー と口を膨らませた
そのむくれ顔が可愛らしくて
今度の金曜日はグラタンにすると、つい約束してしまったのだ
金曜日なら私の用事も早く終わる筈なので丁度よい
そう思っていたのだが、今日に限って電車が遅れてしまった
今から帰ってグラタンを作るとなると、いつもの夕食の時間に間に合うか微妙なところだ
家に帰ると、影が玄関のドアを開けてくれた
2人とも丁度今帰宅したところだという
昼間もずっと「今日はグラタンだ」と はしゃいでいたことも教えて貰った
そこまで期待されていたのなら私も作り甲斐がある
荷物を置いて、早速エプロンに着替えた
++
フライパンにバターと小麦粉を入れ、火にかける
小麦粉の粉っぽさがなくなるように炒めていると、グラタン男が寄ってきた
おぉ、凄ぇいい匂い~超楽しみ!
はいはい、どうぞ楽しみにしておいて
今料理中だから後ろから抱きつくのは止めて頂戴
でもこっちに来てくれて丁度良かったわ
ちょっと、これ開けておいてくれる?
私はその間にお皿用意しておくから
そう言って未開封の牛乳パックを彼に渡すと
任しとけ なんて言いながら彼はテーブルに戻り、パックに手を掛けた
++
グラタン皿の用意も出来たし
マカロニ、タマネギ、鶏肉etc.も準備万端だ
後はホワイトソースを早く完成させたいのに肝心の牛乳がまだ来ない
まさかパックをテーブルまで持って行って、そのまま忘れたのかしら
ちょっと催促してみようと思い振り返ると
両手を後ろにして神妙な顔をしている彼がいた
「どうしたの?後はソースを作れば良いだけだから、早く牛乳貸して頂戴」
「いや…それがさぁ…」
「なぁに?まさか牛乳パックひっくり返しちゃったの?」
いやいや流石にそこまでの失敗はしてないけど
ただちょっと…牛乳パックとの相性が悪くて…こんなんになっちゃってさ
ごめんと言いながら 彼がおずおずと前に出した両手には
指でこじ開けてふにゃふにゃになった開き口の牛乳パック
パックの両側がふにゃふにゃしているということは
おそらく最初に開き口じゃない方を必死に開けようとしたのだろう
あぁ、忘れてた
この人って 牛乳パックを開けるのが猛烈に下手なんだった
「怒る?」
「…怒らないわよ。パックの開き方なんて、何でも良いもの」
くすりと笑いながら彼から牛乳を受け取り、鍋に加えていった
幾筋にも分かれて流れ落ちる牛乳だってご愛敬だ
何で上手く開かないんだろうなー・・
自分の両手をじっと見ながら、彼がそう呟くのを聞き漏らさなかった
++
オーブンでグラタンが焼けるのを待つ間に片付けを済ませる
私が食器を洗い、彼がそれを受け取って丁寧に拭いていく
オーブンをちらりと確認すると、少しずつ表面に焦げ目が付いてきていた
…それにしても、牛乳パック1つ満足に開けられない姿を見ていると
貴方が神様だなんてとても信じられないわ。変な所が不器用な神様もいるのね
へーへー悪ぅ御座いました。全く、誰の為になったと思ってるんだよ
私の為でしょう?病院のベットで貴方が話してくれたこと、ちゃんと覚えているわよ
勿論感謝しています
それにね…
それに?
いつも隣にいる人が 完璧な人間なのもつまらないけれど
完璧な神様だとしたら、もっとつまらないもの
チン と小気味よい音がしてグラタンの出来上がりを告げる
熱々のお皿をテーブルに置いて
スプーンを添えて
感謝を込めて
「いただきます」
「はい、どうぞ」
fin.
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